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2005-11-23 07:13
先日、紀宮結婚式「祝辞」における「ベルグソン誤用」を指摘された石原慎太郎が、定例記者会見の席で、激昂してそれを記事にした「日刊スポーツ」記者を恫喝している画面を見た。「盗人猛々しい」とはこういうのを言うのではないか。僕も、この記事にはコメントしているので半ば当事者である。避けて通ることは出来ない。石原慎太郎は、この話題で質問されると、突然、興奮して、「卑怯だよな…」「おれはベルグソンだと思いますが…と言っているだろう…」「ベルグソンだと断定はしていない…」等と、「ベルグソン誤用」を半ば認めつつ、「ここに『日刊スポーツ』はいるか…」と記者席をにらみつけた。そして挙句の果ては、誤用を批判するなら「論拠を示せよ…」だつて。おやおや、なんという低次元の居直り。子供の喧嘩じゃあるまいし…。「論拠(この場合「出典」かな?)を示す…」べきなのは石原君、キミのほうだろうが…。それにしても、都知事というより作家としての知名度が高い石原慎太郎ともあろう人が、皇室の結婚式の挨拶で、「ベルグソンか誰だか知らないが、昔読んだことのある雑文かなにかの一文…」を、しかも間違って引用するなんて…。そんないい加減な「ご挨拶」を、天皇皇后両陛下や多数の皇族を前にして堂々とやったとは…。畏れ入りました。しかもその誤用を指摘した記者を、「卑怯だ…」と恫喝するとは。喜劇にもならない話だ。石原は、つい最近も、靖国参拝する必要がないと言いながら、「東条英機拳銃自殺未遂事件」に関してもいい加減なことを書いて、東條の近親者や専門家達から「間違い」を指摘されて、反論できず大恥をかいたばかりだというのに。しかも相手が、「大物」だったりすると反論も抗議もせずに黙っているのに、新聞記者が相手だと、「暴力団の親玉」みたいにスゴんて粗暴な言葉で「恫喝」する…という「卑怯さ」である。これを「卑怯」と言わずしてなんと言うべきか。この「ベルグソン誤用事件」が、作家・石原慎太郎の汚点になることは間違いない。石原は、この記事を書いた「日刊スポーツ」記者や、それにコメントした小生などを恫喝すれば、この汚点が消えるとでも思っているのだろうか。むろんそんなこともありえない。石原がどんな権力を持っているか知らないが、少なくとも僕は、石原の「居直り」と「恫喝」に屈するつもりはないあるよ…(笑)。いい加減な知ったかぶりと、コケオドシの恫喝なんかやめろよ…、恥の上塗りになるだけだろう…なんてね。 |
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2005-11-20 23:34
昨日、久しぶりに新宿の文壇バー「M」に行く。久しぶりと言っても、実は2年ぐらい行っていなかった。文字通り久しぶりだ。最近、新宿に出ることがなんとなく億劫だったのだ。高島屋が出来た頃からの新宿駅前周辺の混雑がうっとおしい。僕にとっては歩くのも不可能なほど込み合っている駅前を通り過ぎるのは地獄なみだ。しかし、以前からの若い友人のK君との約束もあり、紀伊国屋書店で待ち合わせて、Mへ行く。しかし、店は閉まっている。早すぎたのかな、それとも今日は休みかなと思いつつ、別の店へ。ビールを呑んでいると携帯に非通知の電話。若い女の声がする。怪しいな、と重いながら聞いていると、某テレビ番組の関係者らしい。いわゆる石原慎太郎の「ベルグソン誤用疑惑」について、明日(日曜日夜)の番組で取り上げるので、取材したいと言う。「日刊スポーツ」で発言しているようなことを、テレビの情報番組で、生番組だが顔を出して発言してくれますか…というような問い合わせだ。細かく話を聞いて見ると、石原慎太郎の「ベルグソン誤用疑惑」の決定的な証拠を専門家に証言して欲しいらしい。いったん電話を切る。しばらくしてまた電話。今度はデイレクターのような男性に交代する。僕は、「誤用と断言はできないが…、石原慎太郎の勘違いは99パーセント間違いない。また、『結婚は賭け』という言葉の解釈も間違っている可能性が高い…」と説明する。10時ごろ、もう一度電話します、と言って電話を切る。あわただしい動きだ。テレビの生番組とはそういうものなのだろう。それから後のことは秘密…(笑)。というわけで、一時間ぐらいしてからもう一度、Mへ。今や、日本を代表する「親バカ」に成り下がった石原慎太郎の「近著」(幻冬社)への批判を繰り返しながら、夕暮れの街を歩く。しかしMにはまだ、明かりがついていない。仕方なくまた別の店へ行くことにする。残念だったなあ、と話しながら路地を引き返す。その時、脇を通り過ぎる女性の顔になんとなく見覚えがあると感じる。アレッ、と思いつつよく見ると、Mのママだ。というわけで、どうにか、Mのカウンターに座ることが出来た。平岡先生がこの店で倒れたときの話などを聞いていると、後から文芸評論家のスガや渡部が数人で駆け込んでくる。スガが、「ブログ、見てるよ」と声をかけてくる。スガは、ネットや②チャンネルに大いに興味があるようだが、自分ではやっていないらしい。というわけで、夜更けまで喋り続け、店の本棚に置いてあった「早稲田文学」フリーペーパー版をかばんに詰め込み、ぎりぎりで終電に駆け込む。そして、満員電車に揺られながら帰宅。明日は明日の風が吹く…かな。 2005-11-18 「日刊スポーツ」にコメント。石原慎太郎の「祝辞」に疑義あり! 編集 ■「日刊スポーツ」にコメント。石原慎太郎の「祝辞」に疑義あり! 先日の紀宮の結婚式における石原慎太郎の乾杯の挨拶で、ベルグソンという哲学者の名前が飛び出してきたときにはちょっと驚いた。いかにも石原慎太郎らしい思わせぶりな発言だと思いつつも、その挨拶の中身にはかなり違和感を感じないわけにはいかなかった。とりわけ、ベルグソンの言葉だと言う「信仰と結婚は似ている、ともにその本質は賭けだ…」という発言には唖然とした。そしてさらに、「国民と共にその賭けの行末(配当の分け前)を注視したい・・・」というような説明には…。僕は、石原慎太郎の引用が、勘違いの可能性がないわけではないがt(パスカルの「信仰は賭け…」を勘違いか?)、場所が場所だけに間違って引用しているはずはないと思う。以前にチェックしているはずだから。しかし、先日の東條英機発言もそうだったが、最近の石原慎太郎には不用意な発言が目立つ。いずれにしろ、そのベルグソンの言葉が事実だったとしても、その意味と使い方は、ちがうのではないか、と思う。「配当の分け前」がどうのこうのという問題ではなかろう。ジョークとして言ったのなら別だが、ちょっと失礼な解釈である。というわけで、昨日、「日刊スポーツ」の電話取材を受けたので、以上の様な感想を述べた。今日の「日刊スポーツ」に出ているので、是非、「日刊スポーツ」を買って読んでください。と書いていたら、田舎の兄から携帯に電話。「オマエがテレビに出ているよ…」と。「エッ!」と驚いた後で、すぐに気づいた。「日刊スポーツ」の僕のコメントが、テレビの「新聞立ち読み」コーナーあたりで放送されたらしいのだ…(笑)。 ■「日刊スポーツ」より(↓↓↓)
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2005-11-18 09:47
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2005-11-16 11:33
「皇室典範に関する有識者会議」の「女帝容認論(女系天皇論)」「長子天皇論」に対して保守派からは批判が盛り上がっているようだが、座長を勤める吉川弘之前東大学長はそうした外野席からの批判を意に介せず、意気軒昂のようである。そうした中で、三笠宮寛仁親王が「女性天皇に疑問」という随筆を公表し、関係者の間に衝撃が走ったらしいが、吉川座長は、それに対しても、「どうということはない」と言い放ち、無視する方針らしい。三笠宮寛仁親王の発言に対して、「どうということはない」といとも軽々と暴言を吐ける吉川弘之とはいったい何者なのか。何か、ヘンだなと思うのは当然だろう。日本の歴史も伝統も理解していないと思われるロボット学者・吉川弘之をここまでつけ上がらせているものは何か。小泉の支持か。国民の支持か。どうもそういうことではないようなのだ。では、何故。実は、吉川等の女帝容認論の背後には美智子皇后の意向があるのではないか、という内部情報が関係者の間で飛び交っている。はたして真実はどうなのか。僕はその可能性は高いと思っている。皇室問題が話題になるたびに、不思議に思っていることがあった。それは、皇室の内部情報をスクープするのがいつも朝日新聞だったということだ。その理由としては、朝日にベテランの皇室担当記者がいて、その関係で情報が流れていると言われてきたが、それだけではないのではないか、と僕は思っている。皇室の内部に、朝日新聞的な思想の持ち主がいて、それが朝日新聞のスクープに繋がっているのではないのか。美智子皇后が、一人の女性として自分の子供達や孫に皇位継承して欲しいと願うのは当然だろう。しかし皇統の伝統を重視し、「男系」という血統を尊重して、「男系天皇」にこだわれば、いずれ、美智子皇后とは直接的には血縁のつながらない天皇が誕生する可能性も否定できない。天皇や皇太子はともかくとしても、民間出身の美智子皇后がそれを嫌っているとしても不思議はない。しかし、それは民間人的エゴイズムに基づく発想だろう。結果的にはそれは「皇統の私物化」につながるだろう。皇太子や愛子様に対する国民の「敬愛」は依然として強いらしい。しかし、この問題は、皇太子や愛子様に対する国民の「敬愛」如何の問題で片付くことではない。天皇や皇統という問題は、現天皇ご一家だけの問題ではない。八木秀次が言うように、現天皇ご一家も、長い皇統の歴史の中で、それを一時的に「お預かりしているだけ…」の存在にすぎない。それは、現天皇ご一家の「私有物」ではない。小泉信三以来の「開かれた皇室」の直面している危機は深い、と言わなければならない。 ■小泉・吉川・皇后ラインからの反撃か…(???) ↓↓↓
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2005-11-13 04:54
郵政民営化に賛成する人達が絶賛する西川善文(前三井住友銀行頭取)ってそんなに素晴らしい人なのだろうか。たしかに、銀行マンとしての実績は華々しい。しかし、彼の顔は、いつもどっちを向いていたのだろうか。竹中平蔵の「金融システム改革」を裏から支援していた人物ではないのか。元々は確かに反竹中で、竹中平蔵主導の金融改革に反対し衝突を繰り返していたはずである。しかしいつの頃からか、西川は、竹中路線に転向している。権力に妥協し取引したのであろう。その証拠に、つい先日も、楽天の「TBS株買占め/経営統合騒動」で、裏の中心人物として登場してきた人である。前にも書いたように、ホリエモンや楽天の三木谷の背後に竹中平蔵がいると僕は見ている。一方、西川は、TBSの企業価値評価特別委員を務めると同時に、楽天の社外役員を務めるという「怪しい役割」を担っていただけではなく、両者のメインバンクでもあったと言う。しかも楽天の株取得の資金の一部が、なんと外資ではなく、日本国内の「三井住友銀行」から出ていたことが暴露されて、日本国内に戦慄が走った。その後、「楽天の相談役とTBSの企業価値評価特別委員会の委員を兼務」していることまで暴露され、「利益相反」問題で西川は身動きできなくなっている。要するに「楽天の背後に三井住友(西川)あり…」と言うわけだ。しかし、その事実が露見し、マスコミに暴露されると、西川の動きが急に静かになったように見える。TBS株取得、敵対的買収への資金提供を拒否する姿勢を示し、楽天証券の役員を降りた。この楽天が、現在、「TBS株買占め/経営統合騒動」で窮地に陥りつつあると言われるが、その最大の原因は西川善文の動きが露見したことだろう。西川が動けなくなったからだ。おそらく、楽天は、西川の役割に大いに期待していたはずである。西川は、小泉・竹中一派と妥協することによって、つまり竹中平蔵の軍門にくだる事によつて、今度は竹中平蔵のパシリ役として動き始めたというわけだろう。そして、昨日の「日本郵政公社」社長内定のニュースである。竹中平蔵サイドの経済界の裏の人物がいよいよ表舞台に登場してきたというわけだ。彼が、これからどんな言動をおこなっていくか、大いに注目・・・。 ■小泉マンセーの某ブログから引用①。(↓↓↓) http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2005/11/post_264e.html
■小泉マンセーの某ブログから引用②。(↓↓↓) http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2005/11/post_264e.html
■西川善文の近況
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